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研究・安倍晋三 (1)国家観 伝統、歴史にこだわり ”あこがれ”は岸元首相
北國新聞朝刊 2006/9/22付
「美しい国」を掲げる安倍晋三が二十六日、戦後生まれ初の首相に就任する。新憲法制定、教育の再生…。保守的な国家観を前面に押し出す一方、経済政策の弱さも指摘される。五十二歳の新首相の軌跡、人脈をたどり、政権の行方を探る。(敬称略)
●憲法前文
河野洋平「強制連行があったという明確な資料はなかったが、総合的に判断した」
安倍晋三「国として謝罪するなら、事実かどうか、きちんと精査しなければならない」
一九九七年六月十七日。自民党の「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」の会合で、当選二回の安倍は、元総裁の河野にかみついた。
九三年八月、従軍慰安婦問題で旧日本軍の強制を認める官房長官談話を発表した河野は、安倍が嫌悪する”謝罪外交”の象徴的存在だった。
「歴史というのは善悪で割り切れるような単純なものではない。この国に生まれ育ったのだから、この国に自信を持って生きていきたい」。安倍の近著「美しい国へ」の一節だ。国旗国歌法について「歌詞から歴史と伝統の香りが漂ってこなくてはいけない。それは神話の世界から続く天皇だ」と語ったこともある。
安倍が政権政策の冒頭に「日本にふさわしい憲法の制定」を掲げたのも、歴史や伝統への強い思い入れが底流にある。
二○○五年春、自民党新憲法起草委員会前文小委員会で委員長代理を務めていた安倍は、事務局長で参院議員の岡田直樹に言った。「帝国憲法は伊藤博文や一部官僚が作った。今の憲法もGHQ(連合国軍総司令部)が素案を作った。国民の代表である国会で作ったとは言えない」
小委員長の元首相中曽根康弘は○五年十月、新憲法の前文素案をまとめた。「太平洋と日本海の波洗う美しい島々」「国を愛する国民の努力によって国の独立を守る」。安倍の主張とも重なる文言は、皮肉にも同じ派閥出身の首相小泉純一郎の指示で削られた。
●”封印”
母方の祖父で「国粋主義者」を自任した岸信介は、A級戦犯容疑者から首相に上り詰め、日米安保条約を改定。首相を退いてからも改憲に執念を示した。
父晋太郎は岸の長女と結婚。岸の秘書官として政治を学んだが、脇の甘さと温厚な人柄から”プリンスメロン”と呼ばれ、首相の座を取り逃がした。父方の祖父寛は、翼賛選挙といわれた四二年の総選挙で軍部を批判、非推薦で当選した気骨の政治家。だが、晋三が生まれる八年前に死去した。
「晋太郎はよく『岸の娘婿ではなく安倍寛の息子だ』と話していたが、晋三は『どうしてあんなことを言うのか』と反発していた」。安倍家をよく知る地元・山口県の関係者は証言する。五四年生まれの安倍が小学生になる前、岸は激しい反対運動を受けながら安保改定に取り組んでいた。安倍にとって、岸は身近な存在であこがれだった。
首相の座が視野に入り、安倍は靖国神社参拝に言及しないなど「あいまい」路線を取っている。だが、この地元関係者は「晋三は若いころ『A級戦犯はもう無罪だ』とか『軍隊のない国は独立国でない』と話していた。(首相になって)耐えられなくなり”封印”が解けたら厳しい」と懸念する。
「安倍らしさを出そうとしたら、公明党との摩擦は避けられない。しかし公明党なくして政権は取れない」。小学生時代の家庭教師だった衆院議員平沢勝栄はジレンマを指摘する。
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