161-参-憲法調査会-2号 2004年10月27日
○岡田直樹君 自由民主党の岡田直樹でございます。七月に議席をいただいて早速にこの憲法調査会で発言の機会をいただき、ありがとうございます。
休憩前に佐藤先生から八十九条のお話を伺って、ああ懐かしいなという感じがいたしました。私も学生時代から八十九条というのはおかしな条文だなということを思ってきましたので、先ほどから御発言が相次いでおりますけれども、自分の考えを短く申し上げたいと思います。
六十年近くたって、日本国憲法のいろんなところに時代離れ、現実離れした部分があるわけですけれども、その双璧となるのは昔から九条と八十九条ではないかと。九と八十九でごろ合わせのようでありますけれども、この二つが空文になってきたと言わざるを得ないと思っております。
九条を素直に読みますと、先ほど共産党の先生もおっしゃいましたとおり、自衛隊は憲法違反と言わざるを得ません。しかし、今日、日本国民の中で自衛隊は違憲であり廃止をせよと、こう言われる人は比較的少ない、こう思います。
また、同じことで、八十九条を素直に読めば、ここは共産党さんとちょっと意見の違うところでありますけれども、これも明らかに憲法違反と言わざるを得ない、こう思うのであります。特に宗教系の私立学校に対する公的助成は、八十九条の前段にも引っ掛かり後段にも引っ掛かって真っ黒けの違憲であると、こう思います。しかし、今日、宗教系の学校や幼稚園も私学助成を受けておりますし、私学助成は違憲だから全廃をせよと、こう言う人はいないと思うのであります。
そこで九条も八十九条も無理な解釈改憲が続けられてきた。「公の支配」というきつい言葉を緩く解釈して何とか私学助成を合憲にしてきた。学者も、八十九条という一個の条文の前段と後段とを分けて、前段の宗教に対する公金助成は厳格に解釈をするけれども、後段の私立学校に対する助成は緩く解釈をすると。だから、地鎮祭への玉ぐし料は絶対に駄目だけれども、キリスト教の幼稚園に対する公的助成はこれは認めるんだと。これはまあ二重の基準というのかダブルスタンダードというのか、そう言えば言葉は言いようでありますけれども、どうも都合のいい二枚舌を使ってきたような気がしてならないわけであります。
こんなのは邪道だと思うので、憲法を不磨の大典にしてきたからこんな無理が生じてきた、条文が現実と合わない、そして現実の方が合理的な場合には、これは条文を変えるしかないと思うのであります。
そして、自衛力の存在というのは、別に憲法の平和主義と矛盾をしないし、むしろ平和を保障してきた側面もあると思っています。また、私学助成も、学問の自由とか教育の機会均等等、憲法の理念を擁護するものであっても、これを損なうものではないと、こう考えております。そこで、九条の平和主義を守りながらも、そこに自衛権そして自衛力を明記すべきであるのと同様に、この八十九条もはっきりと条文を直すべきだと、こう思います。
先ほど藤野先生は、前段の部分を存置して後段を削除せよと、こうおっしゃったと思います。また、例えば読売の改正草案がそうだったかなと思うんですけれども、後段は削除をして前段は信教の自由とまとめて基本的人権のところで一本化をすると、こういった方法もあると思いますし、また、時代は変わってきて、例えばNPOとかそういうものに対して助成をする必要もあろうと。そうすれば公金の乱費が心配であるというならば、財政規律の項目を盛り込むこととセットにしていろんなものに公的助成の可能性を開くのも一つの道であると思っております。
もし、憲法改正の手続がちゃんと整っていれば、九条はともかくとして、八十九条なんというのはとっくの昔に改正をされていてしかるべき条文であると。しかし、こういうものが残っている、こういうところにこの憲法の問題があるんじゃないかと。
前半で住民投票の話も出ましたけれども、憲法改正の国民投票の手続こそは最大の住民投票だと思っています。この手続の整備というのを急ぐべきではなかろうかと思います。
もう一つ言いたいこともありましたけれども、これは後に譲ります。
終わります。
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