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165-参-教育基本法に関する特別委員会委員会-03号 2006年11月27日

○岡田直樹君 おはようございます。自由民主党の岡田直樹でございます。
 各大臣並びに民主党の提案者の先生方には、月曜日の早朝からお疲れさまでございます。どうかよろしくお願いを申し上げます。
 最初に、もう再三質問が続いておりますけれども、大変痛ましい青少年の自殺について、私はマスメディアとの関連で、自殺報道の在り方についてお尋ねをいたしたいと思います。
 まず最初に、この今回の一連の青少年の自殺、その件数について、いじめに原因があると思われるもの、また原因がはっきりしないものも含めて、その件数というものを政府参考人の方に簡潔にお伺いをいたしたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) 都道府県の教育委員会を通じまして文部科学省になされました報告を踏まえて御説明を申し上げます。
 平成十八年度におきまして、小学生、中学生、高校生の自殺のうち、いじめがあり自殺がいじめに起因した可能性があると、こう考えられておりますものは四件でございます。一つが愛媛県の今治市の事例でございます。二つが岐阜県瑞浪市の事例でございます。それから、三つ目が福岡県筑前町の事例でございます。四つ目が大阪府富田林市の事例でございます。
 このほか、自殺をした子供にかかわっていじめがあった可能性があるとして現在調査中であるものが三件ございます。埼玉県本庄市、新潟県神林村、山形県高畠市の三件でございます。
 以上、いじめが、自殺の原因としていじめがかかわっていると考えられる、ないしはいじめがあった可能性がある小学生、中学生、高校生の自殺の事案は都合七件程度であるというふうに私ども把握をいたしております。
 なお、平成十七年の事案でございますけれども、北海道滝川市の小学生の自殺につきましてもいじめが主な原因となったものとして報告を受けております。
○岡田直樹君 続発をしておるわけでありまして、まだ隠れたものがあるのではないか、その可能性についても少しさかのぼってもしっかりと把握をいただきたいと思っております。
 ここに新書本がございまして、このタイトルは「群発自殺」というのであります。高橋祥友という精神科医、自殺研究の専門家の方でありますけれども、群発地震ではなくて「群発自殺」という大変ショッキングなタイトルでありますけれども、この本によりますと、日本の青少年の自殺はかつて一九六〇年代ぐらいまでは世界一、二を争う高率であったと。少し減ってきてはおるようでありますが、しかし時折ぽんとこう跳ね上がる年があるわけでございます。
 委員の皆様のお手元にこのグラフ、もう届いておりますでしょうか。(資料提示)口頭で御説明をしたいと思うんですが、(発言する者あり)届いていない。もうすぐ届くと思います。
 はっきり言いまして、横ばいの状態なんですけれども、年によって続発をする、急に跳ね上がる年がございます。(発言する者あり)
○委員長(中曽根弘文君) 岡田委員、今、資料、準備中だそうですので、どうしましょうか。
 ちょっと速記止めてください。
    〔速記中止〕
○委員長(中曽根弘文君) 速記を起こしてください。
    〔資料配付〕
○岡田直樹君 その典型例が、今からちょうど二十年前、一九八六年、昭和六十一年でありますが、この年の四月に、当時大変人気のあったアイドル歌手の岡田有希子さんが、これはいじめとは思えませんが、ビルから飛び降り自殺をするという事件がありまして、二週間ほどの間に三十人以上の後追い自殺が起こったと。このことは皆様も御記憶のことと思います。その際に、生々しい血の跡であるとか、あるいは自殺現場にファンが次々とお参りに来て花束をささげる、大変センセーショナルな形で報道がされました。このことも一つの原因ではなかったかと思いますが、後追い自殺が相次いだわけであります。
 そして、この同じ年の二月に、東京の中野の中学校二年生が盛岡まで行ってトイレで首つり自殺をした、こういう事件も御記憶のことと思います。教室で大変陰湿ないじめが続いていて、葬式ごっこということが行われた。これは、子供たちが、そのいじめられている子供が死んだものとして、花を手向けたり、お香をたいたり、また色紙に寄せ書きをいたしました。そこに何と書いてあったかといいますと、ばあか、いなくなってよかった、万歳、ざまあみろと、こういう大変ひどい寄せ書きをいたしまして、そこに担任を含む先生方もサインをしたという事件であります。結果、この中学二年生は、自殺をするに当たって遺書を残しました。「俺だって、まだ死にたくない。だけど、このままじゃ、「生きジゴク」になっちゃうよ。」、生き地獄という大変厳しい言葉を残して命を絶ったわけであります。
 このケースは、葬式ごっことかあるいはひどい寄せ書きとか、あるいは生き地獄という言葉が非常に強いインパクトを持って、言わばメディアに乗りやすい事件でありました。繰り返し大々的に報道をされた結果、まあこれは直接つなげることは良くないかもしれませんが、青少年の自殺が相次いだわけであります。
 こういう一つ、二つの非常に印象的な自殺が引き金になりまして、メディアスクラムというんでしょうか、集中豪雨的な報道が続いて自殺が相次ぐのではないかというのが仮説であります。この「群発自殺」の著者の考え方であります。連鎖自殺と言ってもいいかもしれません。今回の一連の自殺にも多少そうした傾向があるのではないか、メディアとの関連を否定することはできないのではないかと、私はこう思うわけでありますが、伊吹大臣、どのように見ておられますでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 今先生が御指摘になりました群発自殺ですか、連鎖反応が起こるということは、心理学者の方々もそういう説をお持ちの方が非常に多い。私も、直接何人かの方とお話をして、その御注意はいただいております。
 今回、今正に先生が御質問いただいたことに対して、私の判断を迫られたことが二つございます。これは御参考に申し上げたいと思いますが、一番目は自殺予告が来たときでございます。これを公表すれば群発自殺予告が起こるんではないかということを大変心配をいたしました。しかし、同時に、これが、その文面が、水曜日までに何も起こらなければ土曜日に自殺するという文面だったんですね。ですから、もし本当の文面であれば、これを私あてに来たものを私が群発自殺予告を恐れて手をこまねいていては、尊い命がもし失われることがあれば私はやはり責任があるなと思って、それは群発予告が来ることを覚悟して公開したんです。各教育委員会もマスコミの皆さんも、ある程度抑制を持って御協力をいただきました。その後、予想したごとく、十六、七通の自殺予告手紙が参りました。この中には本当じゃないものも多分入っていると思います。しかし、来た中で、文部科学省の職員が徹夜でいろいろ連絡をしてくれた結果、本人が特定できたのがやっぱり五件ほどあるんですね。これは、結果的に対応を学校、教育委員会、御家族等でお取りになって、今まで悲しい結果にはならずに終わっていると、そういう面もございます。ですから、これ、やはり愉快犯的にやってくる人のひとつのやっぱり自制心を私は是非お願いしたいと思っております。
 それから、もう一つ同じように判断を迫られたのは、私がアピールを出すべきかどうかということです。衆議院の教育特別委員会でも、大臣なり総理なりがしかるべく呼び掛けをすべきだという御意見が非常に強うございました。しかし、先生がおっしゃったようなことを非常に私も心配して考えまして、マスコミの皆さんが大変なこれは協力をしてくれたと私感謝しているんですが、私のアピールを報道すると同時に、その後の自殺の扱いについて非常にやはり抑制的に報道をしていらっしゃると思いますし、私がテレビ各社、テレビが私のアピールを読み上げると同時に、児童の、苦しんでいる子供を結果的に苦しめるような偽の予告だとか手紙を是非やめてほしいというところもきちっと映像に出してくれておりますので、今のところ私は、少なくとも公のテレビあるいは日刊紙においては極めて抑制的に対応していただいているんじゃないかと思いますし、私もまた、今の御注意は拳々服膺してマスコミ等の対応に当たりたいと思っております。
○岡田直樹君 伊吹大臣の元に届いた手紙、緊急性にかんがみて非常に難しい御判断をなされて、冷静な対応をいただいたと思っております。
 また、メッセージ、アピールを出されることについても迷われたということでありますが、地元で支持者とお話をする中で、あのアピールというのは大変子供にも分かりやすい言葉でじゅんじゅんと諭すように、いじめに苦しんでいる子供、また、いじめている子供について語り掛けるようないいメッセージではなかったかと、こういうふうに評価をされておりました。
 その支持者の一人が、この際、安倍総理にもメッセージをという、そういうことを言われる方がいたわけであります。まあ、前途のある子供たちが自ら一瞬にして御自分の可能性を断ってしまう、それは安倍総理が掲げる再チャレンジの精神と全く正反対のところに位置するものであると思います。この御判断も難しいかと思いますが、どうか各大臣には安倍総理にそうした御進言がいただけないでしょうか。
 官房長官にまずお伺いを──大臣お願いします。
○国務大臣(伊吹文明君) このことはどこまで申し上げていいか私も迷いますが、今総理のお名前が出ましたので率直にお話をしておきたいと思いますが、私がアピールをいたします際に、総理のお名前で出した方がいいのか、私たちの、安倍総理と私の連名で出した方がいいのか、私の名前で出した方がいいのか、安倍総理とも率直に御相談を申し上げました。
 ただ、これは、今大切なこの教育基本法の法案を抱えておりまして、いろいろ来ている手紙を見ましても、いろんな意図があって書かれている手紙が実はあるんです。愉快犯であれば、アピールをしたりしたものは結果的にだまされたということになりますからね。一国の総理をだまされた対象にするわけにはいきません。私もいろいろ安倍総理と御判断して、そして安倍総理の御指示で、これは文科大臣の名前で出してくれないかということでございましたので、実は総理のお気持ちも込めて私の名前で出したということを是非御理解いただきたいと思います。
○岡田直樹君 率直にお話をいただいて、ありがとうございます。了解をいたしました。
 私も元記者でありまして、事実を伝える報道の使命ということは心得ておるつもりでありますし、また表現の自由とか知る権利というものは保障されなくてはいけないと思うわけであります。
 ただ、今日、マスメディア、特にテレビの青少年に与える影響というものはすさまじいものがありますので、この点、先ほど大臣おっしゃったように、今回は報道各社が極めて抑制的な自制の利いた対応をしてくださったということであります。お名前を挙げて恐縮ですが、筑紫哲也さんが、ニュースキャスターが御自分の番組の中で、この自殺の報道について自分は極力控え目にしたいということをはっきりおっしゃっていました。私どもは思想的には筑紫さんと相入れないところが多いわけでありますけれども、この点に関しては非常に立派な御見識というか、これは全く同感なわけであります。既にメディアの側でそうした動きがございますが、これは今後とも抑制を利かした報道というものが必要というふうに思っております。
 それでは、憲法、教育基本法の関連について、教育基本法の本論に入ってお伺いをしたいと思います。
 これは衆議院の方でもどちらが先、どちらが後という御議論あったようでございますけれども、いずれにせよ不可分一体のものであると思っております。今回の改正案の前文でも日本国憲法の精神にのっとりというこの条項は残されたわけでありまして、また安倍総理が総裁選で掲げた第一の政策は憲法の改正、また就任後もそのことをおっしゃっておられます。
 新しい教育基本法は、やはり新しい憲法にものっとったものでなければならないと思います。理想を言えば、速やかに憲法を改正して、しかる後に教育基本法をということになると思いますけれども、しかしこれだけ厳しい教育の現状を見ると、それまで待っていることはできない、待ったなしでまず教育基本法を改正をすると、このことを一刻も早く成し遂げるべきであると、こういう理解でよろしいでしょうか。伊吹大臣にお伺いいたします。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生の御理解のとおりだと思います。そして、憲法はやはり国の最高法規でございますので、私たちが与党案を踏まえて政府案を作成する段階で、現行憲法はもちろんのことでございますが、自民党が作っております憲法草案との整合性も一応チェックをして、そしてこの法案、教育基本法の法案を提出してございますが、万々一ですね、将来国会で御議決があって国民投票に付された新憲法と、現在提出しております教育基本法が御可決いただいたとした場合、その間にそごがあるということであれば、これは基本法を直さなければならないというのは法理論上当然のことでございますし、民主党さんもやはり同じように現行憲法とそれから民主党の草案とのチェックをして現在の対案をお出しになっているということは、衆議院でも表明しておられるとおりでございます。
○岡田直樹君 民主党案の提出者の先生方にお伺いをしたいと思います。
 ただいまも伊吹大臣からお話がありましたとおり、民主党の憲法提言、これは日本国教育基本法案にどのように反映をされておりますでしょうか、お願いをいたします。
○鈴木寛君 お答えを申し上げます。
 私ども民主党も正に憲法調査会と教育基本問題調査会、これを正に同時並行的に議論をこの数年深めてまいっております。私ども民主党におきましては、二〇〇五年の十月三十一日に民主党憲法調査会の民主党憲法提言というものを党としてまとめさせていただいているわけでありますが、その中で一番最初に掲げている項目は、未来志向の憲法を構想するということでございます。
 憲法というのは、先生も御承知のように、正に主権者が国家機構に公権力をゆだねると同時にコントロールをすると、こういう固有の役割があるわけでありますが、と同時に、私どもはやはり国の在り方というものをきちっと宣言をしていこうと。やっぱり、どういう国をつくるんだ、どういう社会をつくるんだということについて、日本国民の精神あるいは意思をうたうということ、これも重要ではないかと。すなわち、我々は、国際社会と共存し、平和国家としてのメッセージをやはりきちっと示していこうということを憲法提言の中でも言っております。
 そうした提言に呼応いたしまして、私どもが提出をいたしました日本国教育基本法におきましてはその点を前文の中で相当意識をいたしておりまして、すなわち、我々はこの教育基本法を作る上で新たな文明の創造ということを希求するんだと、こういうことを強く打ち出させていただいているところでございます。
 じゃ、新たな文明というのは何なのかということでございますけれども、今まで、今、現在は正にフランス市民革命あるいはアメリカ独立革命以来、いわゆるブルジョア革命の中で、どちらかというと物質文明偏重型の社会というものが構築されてきたと思います。環境問題にいたしましてもテロの問題にいたしましても、様々な問題というのがいわゆるそのモダンソサエティーの枠組みの中で相当なゆがみが来ていると、これは人類共通の課題だと思います。
 そういう中で、ヨーロッパもそうでありますけれども、日本としても次の、いわゆるポストモダンといいますか、近代の次のその枠組み、これを人類全体として新しい時代を創造していくわけでありますが、今回は我々日本国民もその人類の大きな営みの中に率先してリーダーシップを発揮していきたいということを考えて、正に物質文明偏重主義を超えて、これからは情報でありますとか知恵でありますとか文化でありますとかコミュニケーション、いわゆる物の時代から情の時代と言ってもいいかと思いますが、そういう時代をつくっていきたい、そのための人材を育成していきたいということをこの中で強く意識し、盛り込まさせていただいているところでございます。
 そして、私どもは五つの基本目標ということを憲法提言の中に掲げておりまして、その中に自立と共生ということ、これも極めて重要な課題だと思っておりますし、それからこの五十年の、六十年の日本のいろいろな憲法あるいは教育基本法をめぐる議論を見ていて思いますのは、国民主権なんですね。真の主権者になれば、そんなに、何というんでしょうか、我々が本当に常識的にそして正しいと思うことを堂々と議論をしていけばいいわけでありますから、もっともっと国民主権が徹底をされれば、何というんでしょうか、不毛な議論というか、もっと実質な議論ができるのではないかなということもございまして、私どもはこの一条の中で真の主権者を育成するということを盛り込み、そして十五条の政治教育の中でもそうした真の主権者をつくっていくんだということをうたっております。
 それから、世界人権宣言や国際人権規約という普遍的な人権保障というものを確立していく、これも重要だと思っています。
 例えば、これは先生御承知だと思いますが、日本は国際人権規約十三条の二項の(c)で、これは高等教育への漸進的無償化条項というのがございますが、残念ながら日本はマダガスカル、ルワンダとともに、この三つの国だけこの条項を留保しているわけでありまして、せっかく教育基本法を作り直すという議論の中で、やはりこうした人権についてはきちっとこれを機会に留保を撤回をして批准をしていくということもこれに呼応した、この我々の憲法提言に呼応した動きでございます。
 それから、我々民主党は五つの基本目標の中で、日本の伝統と文化の尊重とその可能性を追求し、併せ個人、家族、コミュニティー、地方自治体、国家、国際社会の適切な関係の樹立、すなわち重層的な共同体的価値意識の形成を促進することということを言っておりまして、新しい文明の創造にもかかわりますけれども、やはり情報、文化、コミュニケーションということになりますとアイデンティティーというのは非常に重要であります。
 そういう中で、日本のそうした、きちっと日本を愛する心を涵養する等々のことを盛り込みながら、同時に、コミュニティ・スクールあるいは地域立学校など、共同体意識ということも大事にしていくというようなことを盛り込んでいるところでございます。
○岡田直樹君 ありがとうございます。大変意欲的に憲法についても教育基本法についてもお述べをいただきました。どうか民主党におかれても積極的に憲法改正の論議に進まれたいと、このように御期待を申し上げたいと思います。
 今回の教育基本法改正案、政府案と私どもの自民党の新憲法草案、昨年これをまとめることができました。この委員会にも関係者の方多くいらっしゃいます。私も、中曽根元総理が小委員長で安倍総理が小委員長代理という、前文小委員会の事務局を担当するという大変得難い経験をさせていただいたわけであります。
 皆様のお手元に新憲法草案の抜粋がございますが、この前文はいろんな思いを込めた、文体というものは多少変更になりましたけれども、私どもが議論した要素というものはほとんど漏れなく盛り込まれたものになっておりますし、今の憲法の前文には、教育という文字あるいは文化という文字がないのが少し寂しいなと思っていたところ、この自民党案には「教育の振興と文化の創造及び地方自治の発展を重視する。」と、こう盛り込むことができました。また、青く書いておりますけれども、「国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る」、こうした精神についても触れております。これは、今回の政府案の二条五項の「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」態度と、この文言に対応すると思っております。
 愛することは支え守ることにもつながると、こういうふうに理解してよろしゅうございますでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 前文の作成に御努力なすった先生の御質問でございますので、私は、質問の要旨をいただいて、一つ一つ現在の教育基本法案、提出しております教育基本法案と突合してみました。
 今回は、現行法、憲法の前文には確かに教育という文言は入っておりませんで、各条に落ちておりますが、前文に入れたというのは、それだけ教育の重要性を認識をした新しい時代の憲法にしたいということだと思いますし、同時に、国や社会を愛情と責任感と気概を持って自ら支える責務を共有しというくだりがございます。ここのところを教育基本法の二条で受けて、そして、教育のところについては、教育基本法でございますから、この教育基本法には法律としては異例ですが前文がございます。その前文の中で、「我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図る」ということを明記しております。
 したがって、この条項にこの基本法は、現行憲法下においてはこれはもう当然のことですが、新しい自民党憲法草案が国民の御了承を得られても、十分堪え得る内容になっていると理解いたしております。
○岡田直樹君 ありがとうございます。
 また、自民党の草案には、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に願い、他国とともにその実現のため、協力し合う。国際社会において、価値観の多様性を認めつつ、圧政や人権侵害を根絶させるため、不断の努力を行う、こう入れてございます。これは今回の政府案の、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う、これに対応すると思います。
 一部の方々は、今回の改正案を外国へ行って戦争のできる国にするものであると、こういうふうにおっしゃる方もあるわけでありますけれども、私は決してそのようなものではないと確信をしておりますし、憲法改正において平和主義や国際協調を堅持する、そのことと同時に、新しい教育基本法にもこの平和主義や国際協調が一層深められた形で書き込まれておると、こう思いますが、伊吹大臣、いかがでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生の御指摘のとおりと理解してよろしいと思います。
 特に、教育基本法第二条五号は、国際化が急速に今進展をして、日本もグローバルな社会の中の一員として責務を果たし、その中で生きていかねばならないわけですから、他国を尊重し、我が国のみならず世界が平和に発展していくことを願い、そのために自らも貢献していく態度を教育の中ではぐくみたいと、こういうことを規定しているわけです。
 願わくば、尊重される他国も尊重されるように行動を国連憲章の中でしていただかないと、日本周辺に今起こっているような事態になりますから、このことは無条件に他国を尊重するわけではなく、規律を持って行動をし、国際社会の秩序を守っていただく他国を尊重するということと理解したいと思っております。
○岡田直樹君 消極的ではない積極的な平和主義ということで理解をさせていただきたいと思います。
 次に、信教の自由、政教分離に関してでありますが、自民党案の二十条三項には、国及び公共団体は、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超える宗教教育その他の宗教活動であって、宗教的意義を有し、特定の宗教に対する援助、助長若しくは促進又は圧迫若しくは干渉となるようなものを行ってはならない、こうございます。言わば目的効果基準、判例にございますけれども、そうしたものも織り込んでおります。
 教育基本法の改正案にも、宗教に関する寛容の態度、宗教に関する一般的教養及び宗教の社会生活における地位は、教育上尊重されなければならない、こうございますが、これは相通ずるものがあると思います。政教分離も余り厳格分離にいたしますと、いろんなナンセンスなことが起きてくると思うんであります。
 よく挙げられる例として、学校の給食の際に、合掌をいたしましていただきますと言ってから食べる、これは宗教的でやめた方がいいんじゃないか、あるいは教室に、例えば小学校でクリスマスツリーを飾ることはどうであろうか、あるいは修学旅行で神社、仏閣、まあ教会でもいいんですが、そうしたところを参拝する、このことについて、これはいずれも習俗あるいは一般的な宗教の教養の範囲内のものと思います。私は、教育基本法にも反しないし、これらの行為というものは、これは節度を持ってでありますけれども、学校の中でも許されると、こういうふうに解しておりますが、そのことをひとつ確認をさせていただきたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 先生が御苦労になりました自由民主党の新憲法草案二十条は、国及び地方公共団体は、社会的礼儀又は習俗的行為の範囲を超える宗教行為と、範囲を超えるということを明記いたしております。これが、例えばここで福山先生とかですね、なんかと議論がありました不当な支配というのをどういうふうに解釈するかというのは、最終的には司法にゆだねないと仕方がないということを私申し上げたのと同じように、先ほどの社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えるというのを最高裁がどういう判例を示しているかというのは、これはもう御承知のように、五十二年の津の地鎮祭の判決があるわけですね。
 ですから、その範囲を超えることについては国は立ち至ってはいけないということを言っているわけであって、我々の出しております十五条二項、現在の基本法もその精神にのっとってつくられているということでございます。
○岡田直樹君 富山で実例があったそうでありますけれども、いただきますはいかがでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 手を合わせるということは、これは一つの、人間としての、御苦労なすった方、自然の恵みへの感謝の自然な気持ちの発揚ですから、そのときに何か特定宗教の何とかを唱えたとか、ここは私あえて何とかと申し上げておきますが、そういう場合にはこれは非常に判断が難しいことになりますが、いただきますと言って手を合わすということがとても私は宗教行為だとは思えません。
○岡田直樹君 明快なお答えをありがとうございました。
 私事で恐縮でありますが、石川県の出身でありまして、真宗大谷派、御東さんの、お寺ではありません、門徒でございます。親鸞上人の正信偈とか蓮如上人の御文、御西の方では御文章と言うそうでありますけれども、そうしたものを聞き慣れて育ってきた者であります。
 しかしながら、日蓮上人もこれは宗教的に偉大な方だと思うんであります。別に公明党さんにお世辞を使っているわけではないんですけれども。伊吹大臣よくおっしゃる、元寇のときに、それに先んじて国難迫るというふうに警鐘を乱打した日蓮という人は大変偉い人だなと、こう思ってまいりました。また、聖書も時々読む人間でありまして、その人間愛というものに打たれると一日クリスチャンのようになってしまう。そしてまた、もちろん靖国神社には春も秋も、そして八月十五日にもお参りをしている私であります。
 自分のことを一般化して日本国民の宗教観を論ずるつもりはないわけでありますけれども、いい加減と言えばいい加減かもしれないけれども、柔軟というか寛容というか、こういう日本人の宗教的な感性というものは、これは宗教対立が非常に激しい、紛争や戦争を起こしておる今の世界にあってはかえって貴重なものではないかと思うんでありますが、伊吹大臣、何か御感想がありましたらよろしくお願いいたします。
○国務大臣(伊吹文明君) 宗教的国民であるかどうかということは、これは非常に難しいと思いますね。
 結婚式は教会でやって、子供が生まれたら七五三のお参りに行って、お葬式はお寺にお願いするということですから、一つの宗教に対してこの信仰の気持ちをずっと持っているという他の国とはかなり日本は違います。違うだけに、宗教的対立による国家の秩序の維持だとか何かがそれほど困難じゃないという面があるということは確かです。
 ですから、宗教的情操と言われる場合には、特定のやはり宗教の教義を心に強制するんではなくて、あらゆる宗教に共通しているものというのは、やはり人間というのは長い悠久の歴史の中でほんの短い期間しか生きていないものだと、自然の営みに比べれば、人間というのは非常にちっぽけなものであるという謙虚さというんでしょうか、恐れおののく気持ちというんでしょうか、そういうものを私は情操ととらえて多くの人が共有されるのは結構なことだと。しかし、特定の宗教の教義をそのことに対して心の中へ入れていくということについては慎重であるべきだと。これが日本国の憲法であり、同時に、教育基本法の基本的な考えであるということでございます。
○岡田直樹君 大臣がおっしゃいました敬けんな気持ち、そして幅広い宗教的な教養というものをこの基本法の改正の中に盛り込んでいただいたことと思います。
 最後に、憲法八十九条、これも以前から議論をされてきた部分でありますが、この今の八十九条をストレートに読みますと、まあ私立学校にお金を出すことは国としてはできないと、こういうことになりますが、現実には私学を助成振興する法律もありますし、また裁判所もこれを憲法違反ではないと解釈をされております。
 その点で、今回の政府案は、第八条、私立学校という項目を新設して、助成その他の適当な方法によって私立学校教育の振興に努めねばならないと、こう明記をしております。私は、これに対応して、今の憲法八十九条も、公の支配という多少あいまいな表現を改めまして、自民党案にございますように、国若しくは公共団体の監督が及ばない慈善、教育には支出をしてはならないと、こういうふうに明文で改正をすべきではないかと、こんなふうに思いますが、大臣の御意見を伺いたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 現行日本国憲法では、公の支配に属しないという言葉でこれを表現しております。これは先生の御指摘のとおりです。そして、自由民主党がお出しになりました新憲法草案では、国若しくは公共団体の監督が及ばないと、ここをかなり明確に書いていただいていると思います。
 そこで、この教育基本法八条の私立学校のところに書いてあるのは、これは基本法でございますので、あくまで理念というか基本哲学のようなことを書いておりまして、国、地方公共団体、国会の議決に基づく法律や予算等により私立学校の振興を図るべき旨を新たに規定しているわけですから、これによって私立学校助成が憲法上オーケーになったというのは法律関係のむしろ逆転で、憲法というのはまず第一にあると。そして、その憲法に書いてあることを受けてこの教育基本法のこの条項を起こしたと。そして、この条項を受けて、言うならば、私立学校関係の各法律を今後更に整備していくことによって国の監督を具体化、具現化していくことにより、憲法上の違反にならないように阻却をしていくと、こういう方向性になると思います。
○岡田直樹君 今大臣のおっしゃった方向性は十分分かりました。ただ、大本は憲法でありますから、それが改正の際には、この点についてもはっきりと誤解のないようにする必要があると思います。
 憲法を終わりまして、歴史教育について少しお伺いをしたいと思います。
 伝統と文化を尊重し、あるいは我が国と郷土を愛する態度を養うという改正案の趣旨を達するためにも、歴史教育というのは極めて重要であると思っております。
 今世界史の未履修の問題で、何か時間数あるいはカリキュラムのことばかり、言わばちょっと技術論と言ってもいいと思うんですけれども、議論されておりますが、やはり歴史の何をどう教えるかということもこの際に議論をすべきではないかと、こう思うわけであります。
 まず、政府参考人の方に、中学校で日本史を中心に教え、また高校に入って世界史を必修にしていると、その意味について簡単にお願いをいたします。
○政府参考人(銭谷眞美君) 現行の学校での歴史学習は、小学校、中学校で日本史を学んで、高等学校では世界史を必修としております。小学校では、人物や文化遺産を中心に我が国の歴史を学習をすると。中学校では、我が国の歴史の大きな流れと各時代の特色を世界史を背景に学習をするということになっております。
 こうして小学校、中学校で日本史をしっかりと教えた上で、その上で、高等学校におきまして、世界の歴史の大きな流れを学んで、我が国と諸外国の歴史や文化が相互に深くかかわり合っているということを考えさせる観点から世界史を必修としているものでございます。
○岡田直樹君 ただいまの御説明のとおりだと思います。
 ただ、実際には、世界史がどうも敬遠をされている。生徒が選択を、あるいは履修を嫌がるというのは、その大きな流れというよりは、むしろその非常に膨大な年代であったり人名であったり地名であったり、そういう史実を記憶する必要がある、そういう暗記を求められるということが受験に不利になるといったことを思うのではないかと思うわけであります。
 この大きな流れ、そこに果たす日本の役割、こうしたことを教えようと思うとどうしても歴史観とか歴史認識ということにもなってくるわけでありますが、学校では史実だけを教えるのか、あるいは歴史観あるいは歴史認識に一定程度踏み込んで教えることができるのでしょうか。大臣にお伺いをいたしたいと思います。
○国務大臣(伊吹文明君) 歴史認識、歴史観というのは、これは歴史を見る立場によって随分違います。例えば、今次の第二次世界大戦を大東亜戦争と呼ぶか、第二次世界大戦と呼ぶか、太平洋戦争と呼ぶか、いろいろ立場によってみんな違いますね。同時に、同じこの一つの戦争も、日本から見る立場と他国から見る立場ではかなり私はやっぱり違うと思います。
 したがって、子供がこの歴史的事実をどう解釈するかということについては、やはり強制をするということは慎重であるべきだと。これは両方の意味で慎重であるべきだと思います。何か日本がやったことがすべて正しいというような記述は不適当であるのと同時に、いわゆる自虐的史観というのもまた不適当であろうと思いますから、やはり客観的事実を曲げずに、あるいは特定の歴史観によって客観的事実を誇張したりせずにきちっとやはり教えると。そして、日本の置かれていた歴史の中でのそのときそのときの日本の立場を正確に教えることによって子供に判断を促すというのが現在のやはり指導要領の基本的な考え方でございます。
○岡田直樹君 今からお尋ねをしようと思っていたことを正にお答えをいただき、ありがとうございます。どちらにしても、偏った歴史観はいけないと思うのであります。
 祖国をのろう青年をつくれと。祖国をのろう青年をつくれと、これは恐らくマルクスの言葉であったと思います。革命をするには、その国がいかに歴史上ひどい国であったか、あるいは悪行を重ねてきたか、それで自分たちの祖先は大変悪い人たちだったと、こういうふうに純真な子供に教えることが革命への近道である。革命に至るまではそうして祖国をのろい、そして革命が成就したら何が何でも愛国だと、こういうのがマルクス主義の教育基本法ではないかなと思うわけでありますが。サッチャーの以前のイギリスでも、やはりイギリスの歴史、大英帝国の歴史を一〇〇%否定をする、イギリス人を豚のようにかいた教科書がイギリスの教科書であったり、あるいはイギリスの地図を骸骨の絵に例えてかいてみたり、こういう極端な教育は絶対にいけないと思うわけであります。
 どの国にも、どの国の歴史にも光の部分もあれば影の部分もあると。その双方についてバランスよく教える。日本も過去の歴史について謙虚であらねばなりません。しかし、日本の国が世界史の中で果たしてきた大きな役割というものもやはり誇りを持って教える必要があるのではないかと、こう思っております。
 世界史と日本史と高校で二つあるわけでありますけれども、この縦割りはどうなんでしょうか。先ほどお答えがあったとおり、世界史の大きな流れの中で日本の国を、歴史を教えるということであれば、いっそのこと、その世界の中の日本史というふうに統合をすることはできないかと、これは自分のアイデアとして思うのであります。記憶、暗記をする量は多少減らしてでも、そうした世界史と日本史の関連が子供にも十分理解できる、そういう教え方ができないものかと思います。
 伊吹大臣、何か御感想がありましたら、お願いします。
○国務大臣(伊吹文明君) これはやはり大変、先生の御提案ですが、難しい御提案だと思います。
 というのは、日本地図を見ますと日本は真ん中に書かれておりますが、多くのヨーロッパやアメリカの地図では日本は右の一番端に書いてありますね。これはファーイーストという、正に極東、一番東の端の国だということであって、日本は鎖国でずっとやってまいりましたから、日本が世界史の表舞台に躍り出ている局面というのは歴史の流れの中ではほとんどないと言ってもいいと思います、残念ながら。
 ところが、ヨーロッパ大陸は全く違うんですね。ヨーロッパ大陸は、正にローマ史を教えればヨーロッパの歴史をほとんど教える、自国の歴史を教えるという期間がかなりあります。ですから、世界の歴史の流れの中で日本がどういう役割を果たしたか、日本が、あるいは世界の歴史の中でどの部分でどういう立場にいたのかという時代時代の局面はあると思いますが、大きな世界史の中で日本史を重点的に教えるということになりますと、グローバライゼーションの中で世界の文化に触れる機会を非常にやはり制限してしまいますので、世界史と日本史はやっぱり別にしなければならない。
 できれば、世界史も日本史も、やはり必修、選択にかかわらず、この国際社会で雄飛したいと思う方は日本のアイデンティティーをしっかりと身に付けて世界の文化を理解していないと活動できませんから、私はその点をよく考えて科目を是非取ってもらいたいと思っております。
○岡田直樹君 伊吹大臣、先日から、近代以前の日本の歴史の中で二つの大きな危機があった、一つは元寇、一つは幕末の黒船と、こういうふうにおっしゃっております。元寇のときには、あの大モンゴル帝国、まあ中国、朝鮮からロシア、東欧までのみ込んだあのモンゴルに対して日本は侵略を許さなかった。それから、幕末、維新に当たっては、大変革を成し遂げて、西洋の諸国と対抗した。
 前に学生さんとお話をしたときに、この幕末、維新のことをサッカーに例えてお話をしたことがあります。日本はアジア・チームのゴールキーパーではなかったかと。もう欧米チームに押しまくられて、ほとんどアジアの地域が植民地や半植民地になっていた、その中で日本が最後にゴールキーパーとして立ちはだかったと。これがなかったら今の歴史も随分違っていたと思うんです。世界地図も変わっていたと思うんです。まだまだ植民地や独立できない国が残っていたのではないか。これは、日本の世界史に果たした大きな役割であると思います。
 その後で日本はアジアの仲間の国々をけ飛ばすような、そういうこともしたわけでありますが、その点は十分に反省をしながらも、こうした世界史に果たした役割というものもしっかりと子供たちに教えていただきたいと、このことを大臣にお願いをしたいと思います。
 時間も限られてまいりましたので、最後に教員の待遇や資質の向上についてお伺いをいたします。
 人材確保法というものがございますが、この一般の公務員より厚遇をしているその理由について、ごく簡潔に御説明願いたいと思います。
○政府参考人(銭谷眞美君) 人材確保法は昭和四十九年にできた法律でございます。この法律は、学校教育が次代を担う青少年の人間形成の基本を成すものであることにかんがみまして、義務教育諸学校の教育職員の給与について特別の措置、すなわち優遇措置を講ずることによりまして、優れた人材を教職に確保をし、もって学校教育の水準の維持向上に資するということを目的にして制定されたものでございます。
○岡田直樹君 私は、優れた人材を学校に集めるためには、この人材確保法という法律、大事だと思いますし、厚遇をしても構わないと思います。ただ、残念ながら、教壇に立つことができない、適性を欠いた方もおられるわけで、その方が厚遇を受けるというのは、これは理屈に合わない話だと思いますし、ある意味でいうと、その入口のところでみっちりと研修をなさって、それで、本当にこれは人間、向き不向きはありますから、どうしても適性がないと判断をされたら、その入口のところでまた人生の方向転換をするという、このことの方が御本人のためにもなるのではないかと、こう思っているわけでありますが、例えば司法修習であるとか、あるいはお医者さんの研修であるとか、そのぐらい、何というか、みっちり、今、教生実習とか初任者研修もございますけれども、それ以上に時間を掛けて研修をすべきではないかと思いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(伊吹文明君) 国民の気持ちとしては、立派な先生に一般公務員より高いお給料を払うということは抵抗は私はないと思います。ですから、立派な先生であるかどうかということが大切なんですが、立派なという言葉もこれなかなか難しいんですね、率直に言うと。で、再三ここで申し上げておりますが、従来に比べて御家庭でやるべきこと、地域社会でやるべきこともみんな学校の先生に押し付けて学校の先生を非難するという流れは、私はやっぱりちょっと一呼吸置いてほしいなという気持ちがします。
 しかし、その一方で先生がおっしゃったようなことがありますから、まあこれは中教審の答申でいえば十年ごとの免許の更新制というやり方もあります。それから、学校そのものの内部評価、外部評価というやり方もあります。もっと進んで、バウチャーみたいな、や学校選択制ということもあります。しかし、一番大切なのは、今先生がおっしゃったことだと思います。教員としてふさわしい人を、まあ教職大学院も含めて、指導力も含めて、どういうふうにつくっていくかと。それから入口で、今公務員の場合は六か月だったと思いますが、教員の場合は一年ですか、の試験任用期間のようなものがあります。しかし、これが一年でいいかどうかも含めて、少しやはり将来の検討課題になるんではないかなという気がいたしております。
○岡田直樹君 研修の充実、そして学校の外へ出てしばらく民間で研修をする、働いてみる。しばらく前に「県庁の星」という本や映画がありました。県の職員がスーパーに働く、こういうことが先生にあってもいいのではないかと、多少はあるんでしょうけれども、またその充実をお願いを申し上げて、質問を終わります。
 どうもありがとうございました。

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